けんGブログ
2026年4月16日 : 県は頑張っている!

『令和8年度吉田町文化協会総会』に、今年もご招待いただきました!! 老若男女289名の会員による目を見張る文化芸術活動が、吉田町を活気づけていることを改めて実感しました。
来賓祝辞では、一昨日の15日に県が発表した…「静岡県と静岡の茶業界が一丸となって海外市場に売り込みをかける新ブランド名『JAPAN TEA SHIZUOKA』」について、熱くご紹介しました。
名称自体には正直、斬新さは感じませんが…明治時代から輸出用の茶箱に貼られて広く使われていた〝蘭字〟のラベルと浮世絵で知られる赤富士をモチーフにしたロゴマークは「まさに日本の伝統文化を象徴するような傑作です」と力説!
「最高の静岡のお茶を世界に普及させるために、芸術的なデザイン考案してフル活用するように…みなさまの作品やパフォーマンスで吉田町の名を全国に轟かせましょう!!」というような大風呂敷を広げてみました!( ´艸`)

中東情勢の悪化に伴う県内経済等への影響を把握・共有し、今後の対策につなげる静岡県の『庁内連絡会議』(本部長:平木副知事)が本日16日、開催されました。
平木副知事以下、県の幹部13人が顔を揃えた会議では、3月上旬から県が独自に情報収集を始め、関係団体に行った聞き取り調査の報告を受け、今後の県による支援策などの対応が共有されました。
深刻な〝令和の石油ショック〟の中、県は頑張っています。国民は耐えています。国や政府は、もっと頑張って…国にしかできない国際情勢や供給体制の抜本的改善のための努力や施策に邁進していただきたい!
2026年4月15日 : 憩いの家みちの20周年

牧之原市勝間田区にあるお年寄りの〝通所介護事業所〟『憩いの家みち』(→ こちら!!) の創立20周年記念昼食会に、杉本市長とともにご招待いただきました。
「家族のような暖かい環境の中で、共に喜びや悲しみ、感動を分かち合い、自分らしい生活ができるように支援すること」を目指して、石津道弘家長(54)以下12名のスタッフが〝1対1のケア〟を基本に、地域の高齢者の日中のお世話を献身的に行ってくださっています。
施設の理念や活動も素敵なんですが…なによりも、石津家長のキャラクターと行動力が凄まじくて…ワタシはいつも感服しています。平日の真昼間に、駿河湾を見渡す焼津のホテルに、21人の利用者(最高齢98歳!)とその家族を含め、総勢86人のランチ会を開いてしまうバイタリティに絶句しました。
やることなすことケタ外れなのにいつも謙虚。お酒も〇〇も大好きで「自分から馬鹿になる」ことを楽しんでいる。加えて、話術も文才も素晴らしくて、金髪&スマートなイケオジという…ワタシの理想を具現化した存在なのです。
石津家長は、ホテルと相談して提供した、高齢者が食べやすくて美味しくて健康的なランチには一切手をつけず、会の主催者で主役なのに自らMCとなって、2時間以上立ちっ放しでした。
さらに終盤の〝玉入れゲーム〟では、顔を紅白に塗りたくり、黒いタイツ姿でバスケットゴールに扮して全テーブルを駆け巡りました。こんな福祉施設の経営者は、どこにもいないでしょう?
さまざまなゲームやステージも満載で、その場のすべての人たちを笑顔にし、幸せな気分にさせてくれて昼食会は大団円を迎えました。石津家長!! ありがとうございました!! 飲みすぎだけには気をつけて、これからも地域の高齢者介護を通じた〝家族福祉〟の実現のため頑張ってください!
【会場で配られた石津家長からの熱いメッセージ】
憩の家みち20周年記念昼食会 ご出席の皆様へ
ご多忙の中、当家20周年昼食会にご出席を賜りまして、誠に有難うございます。ここまで歩めたのも、ひとえに皆様のお力添えあってのことと、心より御礼申し上げます。
これまでの道のり、本当に色々なことがありました。不思議と楽しい思い出より、辛い思い出の方が脳裏に浮かびます。縁もゆかりもない牧之原の地で、何もない小さない家、土日も関係なく、毎日、同じことを繰り返してきました。20年前、お金も人脈もない中、ただ「福祉を実現する」という妙な自信だけで歩んできました。それでも、今日という日を迎えられたことは光栄であり、関わってくださった全ての方々のお陰だと感謝しております。
私が子供達に福祉を伝える時「生きるとは、多かれ少なかれ、「希望と絶望」の繰り返し、それが周波数のように死ぬまで続くこと」だと話しています。その中で、成長は希望が多く、老化は絶望が多い。昨日出来たことが出来なくなる。歩けなくなる。ウンコやオシッコが自分で出来なくなる。家族の会話もなくなる。それが悲しいかな、老いという自然現象です。
この介護の仕事とは、達成感というより虚無感の方が多いと感じます。出会い別れが当たり前のように繰り返される毎日、食べることと出すこと、忘れること、そんな老いの現実を目の当たりにしていると、それをつくづく思います。これが本当に正しかっただろうか? もっと出来ることはなかったか? そんな答えなきケアの正解に苦悩します。
ただ、これまでの経験で私が感じたことは、老いという逆境に対し、「希望」をどれだけ与えられるかということです。私達は、単に介護をサービスとして提供するだけでなく、利用者さんには「長生きして良かった」と思ってもらうこと。ご家族には「介護は大変だけど、一緒に暮らして良かった」と思ってもらうこと、それを創造することが、我々の本来の責務だと考えています。
人生にはそれぞれの道があり、確実に終着地へ向かっています。でも、たまたまこの道で出会い、共に手を携え、お互いが許し合い、励まし合い、この時を共有することは無限の価値があると思います。いずれ訪れる別れの為に、この一瞬を永遠にすること。それ20年の礎であり、明日への光と繋がります。
子供達には福祉の大切さをこれからも伝えていきます。人の痛みや苦しみを理解すること。自分達に何が出来るかを考える必要性を説いていきます。「子供が笑えばお年寄りが笑う」。これが未来の福祉の種であり、ようやく辿り着いた答えです。
私達が主役になってはいけない。あくまで脇役に徹すること。陽の当らない所にこそ光を当てる、声なき声に耳を傾ける、誰かの手となり足となり、最期まで支え続ける。「ロウソクは身を減らして人を照らす」。この気持ちをこれからも絶対に忘れません。
また、明日から同じような毎日が始まります。老いという精神成長過程において、出会い・別れる、そんな人間の普遍的な日常に、少しでも「希望への道」となれるよう、これからも努力して参ります。口下手で文心にて失礼しますが、この機会が、その決意表明として受け取ってくだされば幸いです。
令和8年4月15日
憩の家みち
家長 石津道弘

いつも地元の話題を熱心に取材して記事にしている静岡新聞榛原支局の澤口支局長が、今年もワタシの住む牧之原市仲町町内会の宝『東光寺の長藤』を取り上げてくれました!(^ω^)
ワタシは元新聞記者なので、地域のPRや振興のためには…マスメディアと行政、そしてわれわれ政治家は、互いに情報を提供し合い、大切な話題を世間に告知・拡散し続けるべきだと確信しています。
そういった意味で、ワタシは地元新聞を頼りにしているし、心から感謝しながら、紹介させていただいています。時には「大石県議は、新聞社の著作権を侵害しているんじゃないの?」という御指摘を受けますが…
それ以上に、ワタシは既存のオールドメディアを応援し、協力したいと思っていることを、澤口記者も理解してくれているんだと、さっき確認できました!
本日のステキな長藤の記事と写真に、ウチのネラさんも、喜んで全面協力しています! ちょっと目をつぶっちゃってますけど…「肖像権がー!」などとは、絶対に申しません!(´▽`)
この静岡新聞の記事の全文を読みたい方は…→ こちら!!
2026年4月14日 : JAPAN TEA SHIZUOKA

静岡駅前のホテルで開かれた『静岡茶ブランディングプロジェクト発表会』に行ってきました!(´▽`)
昨年度まで2年間、県議会の産業委員会で委員長と副委員長を歴任(…なのかな? この場合ww)して来たので、このプロジェクトの詳細や進捗は、逐一報告を受けてきましたが…
本日が、いよいよ「静岡県や静岡の茶業界が一丸となって海外市場に売り込みをかける新たなブランド名とその定義」の発表会でした!!(^ω^)
事前には箝口令が敷かれ、われわれ県議にもマスコミにも、資料や資料写真は発表会終了後まで秘密にされていたそのピカピカのブランド名は……
『JAPAN TEA SHIZUOKA』でした。オリジナル・ロゴマークは「赤富士と新緑の茶畑」をイメージ化したという、どこか既視感漂うモノでした! (^-^ゞ
間違いなく日本で一番、たくさんの著名な生産地を擁するお茶処の県だけに…各地が納得する統一ブランドを選ぶとなれば…どうしても、当たり障りのない名称になるワケです。(* ̄∇ ̄*)
みなさんはどうお感じなりますか? また、具体的な定義や今度の県の政策や関わり方は、ローカルニュースや新聞でご確認ください!
【JAPAN TEA SHIZUOKA 海外有識者の意見】
Japanese Teaだと「日本のお茶」で、『JAPAN TEA』だとまさに「日本茶」というニュアンスだと思います。産地ブランディングなので「静岡」を入れるのはいいですね。
いま海外では抹茶人気が凄まじいですが、まだ気づかれていないけれどリーフティーも伸びてきつつあります。だから静岡でしかできないような茶で勝負した方がいいと思います。
ワインで「フランスワイン」ではなく「ボルドー」や「ブルゴーニュ」のように。
「静岡」と伝えたときに産地の特性がわかるようになったら素晴らしいと思います。
プレケル・オスカル氏(日本茶スペシャリスト)

静岡県は本日14日、中東情勢の悪化に伴う県内経済等への影響を把握・共有し、今後の対策につなげる『県庁内連絡会議』(本部長:平木副知事)を16日に開催することを決めました。
記者会見での鈴木知事のコメントの要旨は、以下の通りです。
・米国等によるイランへの攻撃開始から1カ月以上が経った。先日、戦闘終結に向けた米国とイランによる協議が実施されたものの、合意には至っておらず、先行きに対する不透明感が増している。
・国は、ガソリン等に係る『緊急的激変緩和措置』を実施するとともに、石油備蓄の放出や代替調達などの対策を実施しているが、今後も、米国やイランなどの対応によって、状況が目まぐるしく変化する可能性がある。
・県内においても、石油等の供給不足への懸念や価格高騰といった影響が一部で生じているところであり、県としてこうした中東情勢を巡る状況を冷静に見極めるとともに、国の対応を注視しながら、機動的に対応する必要がある。
・中東情勢の緊迫化による「県民生活や県内経済への影響」や「国の対応状況」等について情報共有するとともに…「今後必要な県の対応策などについて、意見交換する」予定。
………………………
もちろん、絶対に必要な会議だとは思いますが…地元の各種業界や事業者からは、すでに先月末から石油や石油製品の深刻な供給不足が叫ばれています。早急な状況把握と効果的な対策の模索、そして国への強い働きかけが望まれます。

夜は、牧之原市片浜区の新年度の総会に、今年も杉本市長、井林代議士、石山市議と揃ってご招待いただきました。
政治家は…国民、県民、市民、町民のために…呼ばれたら行く。聞かれたら答える。頼まれたら、とにかく何らかの対応することが、大切だと思っています。
ワタシは、オンとオフの切り替えが絶対に必要なタイプの人間ですが…毎晩、羽目を外しているワケではありません!!(^-^ゞ
2026年4月13日 : 大盛況の静岡健誠会総会

私の後援会である『静岡健誠会』の総会が本日、牧之原市のうおともで開催されました。
年度始めのご多忙の折、杉本牧之原市長、下村御前崎市長、自民党県連の良知次期幹事長ら…多くの来賓のみなさまも駆けつけてくださり、91人ものご参加を得て、盛大に実施できました。
ただし…私の自覚の欠如と準備や配慮の不足により、至らぬ点やご迷惑・ご心配をお掛けした箇所が多々あり、猛省しています。ご来場いただいたみなさまには、心からお詫びいたします。
総会後には、東日本大震災以来15年間お世話になりっぱなしの防災と被災者支援のスペシャリスト松山文紀さんが『被災地支援〝出会いと連携〟~牧之原市・吉田町の竜巻災害から得た教訓』という意義深い特別講演を行ってくださいました!
還暦を過ぎても未熟な私を、いつも全力で支えてくれる素晴らしいスタッフと支援者のみなさま…そして、いつも温かいお言葉や厳しい助言をくださる先輩、同僚、後輩の方々や、懇親会を異様に盛り上げてくだった芸達者な親友たちの協力や雄姿も、涙が出るほどうれしかったです
本当にありがとうございました! この恩は、必ずこれからの仕事でお返しします!
2026年4月12日 : 遠州アコフェス

『遠州アコフェス』が、今年も牧之原市のい~らで開催されました!!(*´∀`)♪
「〝人〟と〝楽器〟が自ら発する『声、音、躍動』をテーマに…」というコンセプトで、アコースティック楽器の演奏と歌、弾き語り、舞踊のスペシャリストたちが集結する楽しい音楽イベントでした!(^ω^)
芸達者の友人・知人のみなさんがいっぱい参加しています!! 中でも菊川市の長谷川市長と御前崎市の下村市長の息の合った共演は、聴衆を魅了する素晴らしいコラボでした!(´▽`)

午後からは、牧之原市川崎区の総会と細江区の『新役員顔合わせ懇親会会』をハシゴしました。
本日は、杉本市長が県外出張だったので…川崎区には大石光良副市長、細江区には櫻井剛副市長という、2人の新しい副市長が代理出席していました。
新年度から牧之原市が採用した『副市長2人制』が早速、機能した形ですが…地域の県議は、吉田町を併せてもずっと1人。大変ですが責任とやりがいを感じて頑張れます!!(^o^)/
2026年4月11日 : 先の大戦から81年後の春

広大な牧之原台地が、鮮やかな萌黄(もえぎ)色に染まり…
いよいよ新茶のシーズンが始まりました!(´▽`)

『令和8年度牧之原市遺族会総会』に、今年もご招待いただきました!
終戦から81年経っても「先の大戦」と呼べる国、『遺族会』の前に戦争の名称を付けずに済む国、肉親を喪った体験や記憶を持つ会員が増えることは一度もなかった国に生まれ育った幸せを思うにつけ…
いつの間にか、どんどん争乱や困窮が身近になってきた令和の今の危険な国際情勢、社会環境を厳粛に受け止めて…われわれ政治家は体を張ってでも、各地の理不尽な対立や戦争の終結に尽力すべきだと思っています。
昨年お亡くなりになった父の旧友・石神斉先生(享年86)による〝反戦秘話〟の講話の思い出をお話しさせていただきました! 当時のブルグは…→ こちら!!
2026年4月10日 : 誰もが波に挑める未来へ

障がいをものともせず、技術と精神を競い合うアスリートたちによる国内最高峰のサーフィン大会『JAPAN OPEN ADAPTIVE SURFING CHAMPIONSHIP』が、今年も5月28日(木)から31日(日)まで、牧之原市が誇る日本初のサーフィン専用人工波プール『静波サーフスタジアム』で開催されます。
①障がい者スポーツへの理解促進②共生社会の実現に向けたメッセージ発信③選手育成と競技力向上支援④静波サーフスタジアムの社会的ブランディング⑤地域活性化への貢献…という崇高なコンセプトの実現を旗印に、国内外から約60名のトップ選手たちが集結し、頂点を目指して競い合います。
大会開幕まで2カ月を切った本日10日、大会副実行委員長であり、日本を代表するアダプティブサーファー・小林征郁(まさふみ)さん(46)と牧之原市内でお会いしました!!
20歳の時に交通事故で半身不随となる重傷を負った小林さんは、血のにじむような努力を重ね、大好きなサーフィンで共生社会実現の扉をこじ開けました。「障がいの有無を超え、すべての人が波に挑める未来。そして〝ともに挑戦する社会〟をつくる大会を、静波から世界に広めたいんです!」と目を輝かせて、熱く語ってくださいました。
大会では、パラスポーツへの支援を通じて、社会貢献とブランド発信を両立できる協賛パートナーを募集しています。詳しくは、大会実行委員会(担当:小林征郁=TEL:090-8044-9628、MAIL: japanopen@adaptivesurfing.jp)まで。ホームページは…→ こちら!!

写真は、我が家の冷蔵庫ですが…。
もうこれ以上、イランやレバノンやパレスチナの無辜(むこ)の命が奪われないことを、遠い日本から祈っています!
2026年4月9日 : JAハイナン女性部総会

『令和7年度JAハイナン女性部通常総代会』にご招待いただきました! いくつになっても、女性の前では5割増しで緊張します!(^o^)/
旧榛南4町(吉田、榛原、相良、御前崎)の農業者によるハイナン農業協同組合(JA ハイナン)の女性部員561名が所属。
女性の権利を守り、社会的・経済的地位の向上や、ゆとりと触れ合い、助け合いの精神に満ちた住み良い地域社会を目指す組織です!
中東情勢の悪化による石油危機の現状と国や県、市町の役割や取り組みの見通し。そして、政治家の義務と責任について、お話しさせていただきました!

明日10日(金)19時30分から、NHK静岡(1ch)の情報番組『たっぷり静岡プラス』で、公私にいつもお世話になっている吉田町議会の増田剛士議長(61)が特集されます。
『このままで良いの?〝わたしたち〟の地方議会』というタイトルです。みなさま! どうかご覧ください! ローカル番組ですが…NHK ONEなら、全国で観れます! みなさま! どうかご覧ください!(^o^)/
2026年4月8日 : リーダーの責任と政治力

本日は、所属会派『自民改革会議』の新年度初の議員総会がありました。令和8年度の静岡県議会における会派推薦の正副議長候補と、県連三役(幹事長・総務会長・政調会長)候補の選挙が行われました。
議員間の合意は取れましたが…すべての役職の正式決定は後日ですので、それぞれのお名前は控えますが…いずれも〝無投票〟での選出でした。
総会では、くらし環境部長から『リニア中央新幹線整備における県とJR東海との対話終了』と『JR東海との自然環境保全協定書』についての説明がありました。
過去7年間の私のSNSやブログをフォローしてくださっている方には御理解いただけると想いますが…ワタシは、川勝前知事の『県内において南アルプスの水や自然環境だけを特別視した牽強附会なリニア工事絶対反対の姿勢』を苦々しく思っていました。
しかし、一方で一昨年からの現鈴木知事によるリニア推進を前提にした『スピード感を持った取り組みの成果』について、驚きも隠せません。2018年から6年間に渡りあれほど細かく、重箱の隅をつつく意見や要望を重ねていた県の専門部会の対応が、わずか2年でオセロゲームのようにひっくり返ったことにはビックリです。
これがいわゆる政治力! 良きにつけ悪しきつけ、この世界の景色はトップの決断と指示で、大胆に変わるわけです。選挙で選ばれた指導者には、自らの政策を実行する権限があると思います。ただ、同時に有権者に対する重大な義務と責任から絶対に逃げてはなりません。
口先ばかりで、失敗は全て他者のせい。いざという時に自ら腹を切る覚悟のない無責任なリーダーには、うんざりです。
※県知事のことを言っているわけではありません
2026年4月7日 : 足を治して駆けずり回る

牧之原市と吉田町のすべての小中高と特別支援学校に、今春も手作りの『ご入学おめでとうメッセージ』をお届けしました!!(*´ー`*)
人生の幾多の荒波を潜り抜け、生き延びてきたオッサンのワタシでさえ、本当にあきれ果て、やっきりするような大変な世界になってきましたが…
この命が尽きるまで、日本の宝、地域の宝の子どもたちの幸せな未来、遺せる社会の実現のため、全力でジタバタしようと思います!

先月16日の朝に負傷した左足の回復が、3週間経っても芳しくありません!(;´Д⊂)
腫れはかなり引いて、歩くことはできるのですが、内外のくるぶし周りに鈍痛と、少し突っ張った感覚が残っていて、気持ち悪いです!
痛み止めを飲むと、無意識に動き回ってしまって油田の泥の中に落ちたり、愛犬に引っ張られて走ってしまうので…止めました!(笑)
本日、静岡に行ったので、事故現場の階段を現場検証してきました。寝ぼけて3段も踏み外したわけですが…改めて、骨折していても不思議ではない高さだったことを再確認しました。
再び剣道で無双したいのですが…今は焦らず、静かに完治を待ちます!!( ̄- ̄)ゞ
2026年4月6日 : 今年の勤労観音供養祭

うららかな春の陽光の本日6日、私が理事を務める公益財団法人培本塾の敷地内にある…今は使われていない榛の木会館の前庭で『勤労観音供養祭』が行われました。
今年も、塾所有のグラウンドでの練習前の母校・県立榛原高校野球部の新2、3年生部員のみなさん20人も参加してくれました。
今を去ること91年前の1935年(昭10)4月12日、当時15歳の旧制榛原中学4年生だった東萩間の藤野道雄さんが、勤労作業中に不慮の死を遂げました。
塾舎の建設現場で、仲間の生徒たちと一緒に山肌を切り崩す土木作業中に、突然崩れ落ちてきた大石が頭を直撃。直後に土砂にも埋もれて、ほとんど即死だったそうです。
培本塾は「勤労を通して人を創る」教育の道場として、翌年の1936年(昭11)1月25日に発足しました。
創設者だった旧制榛原中学校長の小田原勇氏は、殉死した藤野少年の尊い霊を慰めるため『勤労観音像』を建立。以来90年にも渡り、塾関係者は毎年4月の初めに慰霊祭を続けているのです。
藤野さんの死から51年後の1986年(昭61)の『培本塾創立50周年記念誌』に、同級生だった故・柴清次郎氏が、竹馬の友を偲んでこんな文章を寄せています。
「先の戦争で、国のため、東洋平和を祈って、幾百万の若者が死んでいったけれども、今日三千人の若者が中国に行き、日中の平和と親交が行われている。
このことこそが、戦争で死んでいった若者の霊に報いる唯一のものであると同じように、榛原高校の生徒が培本塾を教育の良き場として愛し、利用することが藤野君の霊に報いることになる。それでこそ、勤労観音が浮かばれる所以のものではないだろうか?」
1900年(明30)に創立され「至誠真剣」の校訓の下、榛南地域の高等教育や地域振興の中心だった榛原高校も、少子化と人口激減の世相の中で、遠からず隣の相良高校と再編・統合が決まっています。
卒業生の平田寺・竹中住職の読経に頭を垂れながら…91年の歳月が流れた令和の今が、在りし日の藤野少年や柴氏が願ったような平和で理想的な時代でなくなってしまったことを、空しく哀しく思いました。
式は滞りなく終わり、八木理事長と竹中住職が顔を上げたその時でした。突然、一陣の風が吹き抜けて、周囲のソメイヨシノから大量の花びらが吹雪のように舞い散りました!
SNSに…
「教えてください!(^-^ゞ
牧之原市静波区の龍眼山の裏山に広がる培本塾の敷地にある…今は廃れた榛(はん)の木会館の脇の用水路の周囲で、たくさんのカエルが鳴いていました!(; Д)゚ ゚
今朝の『勤労観音供養祭』の前も、最中も、終わってからも鳴いていました。カエルの種類もサイズもわからないので、どうにかして発見したかったのですが…できませんでした!(;´Д⊂)
昔から知っているアマガエルやヒキガエルの声でないのは、わかります。では、彼らはいったい何ガエルなんでしょう?(^^;))) 」
…と書いたら、詳しい方がコメントで教えてくれました!!(*^^)v
タゴガエルというアカガエルの仲間だそうです!!(*´ω`)
2026年4月5日 : 故郷の価値を実感した日

牧之原市地頭方地区の『鎮霊神社春季例祭』に、今年もご招待いただきました!! 旧地頭方村のこの漁村から、戦時中に徴兵され、戦火に倒れた223人もの尊い命を弔い『不戦』を誓い合う神事です。
ここ数年のロシアのウクライナ侵攻の長期化に加え、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に端を発した中東情勢の深刻化や超弩級のエネルギー危機に対して、正直、何もできない自分が歯痒くて、悔しくてたまりません!
市民・県民の命を守る立場である政治家の端くれとして、率直に今の思いとお詫びを申し上げました。

牧之原市菅山区の『相良油田の里公園』で『原油汲み上げと桜まつり』という…他では絶対にないスペシャルイベントが開催されました!!
本日6日から、油田資料館がリニューアルオープン! 満開の桜の並木を前に様々なブースでの飲食物や民芸品の販売や、市内の歌謡バンド『ロコモーション』の熱狂パフォーマンスも披露されました!(*‘ω‘ *)
相良油田は、1872年(明5)にこの地で発見された、日本の太平洋側では、ただ1カ所だけの油田です。原油は軽質で、ガソリンと灯油の成分がそれぞれ34%。軽油は22.5%、重油成分は9.5%しか含まれていません!
なので…世界中の原油で唯一、精製せずにそのままガソリンや軽油代わりにバイクなどの原動機のエンジンを動かすことも可能です! 県内外から訪れた大観衆が固唾を呑んで見守る中、15分前に地下310mの油井から採取したばかりのそのスンゴい〝汲みたて原油〟を…
日本最大のオートバイレース『鈴鹿8時間耐久ロードレース 』に、3年連続本選出場中の地元・菅山区のバイク店『ゲズンハイトレーシング』の伊藤章人代表が…『HONDA DREAM 50』という年代物の原付バイクのシリンダーに、直接油を注いで、公園内をブイブイ走らせてくれました!!( ゚Д゚)
この油田は、発見翌年の1873年(明6)から80年以上も創業し、最盛期の1884年(明17)には、手掘り井戸240カ所で600人が働き、当時の日本の産油量の約10分の1を占める年間720キロリットルを産出していました。
コストがかさんで採算が合わなくなり、1955年(昭30)に廃井となりましたが…今でも、採ろうと思えば、今日のように源泉から汲み上げることはできるのです。こうしてマッチで火を点ければ、メラメラと燃え上がるし、バイクのエンジンも一発で掛かるのです!(´▽`)

勝間田城址見学会と〝落城550年記念〟の特製御城印販売会にも行きました!(´▽`)
御城印販売ブースに朝一番に並んでいた方は、大阪を真夜中に車で出て、朝5時には来ていたそうです。朝のワタシの投稿を見て、藤枝から来てくれた友人もいました!(o^-')b !
神戸、神奈川、埼玉など県外からの方々も大勢いました。新発売の金ピカの『キラキラ?御城印』(300円)だけで、300枚以上も売れたそうで…製作委員会のアキヨシ会長とマサナオ会計は、ウハウハ顔でした!(≧▽≦)
いつもお世話になっているお茶農家のアリヒコさんらの〝おやじバンド〟『はらの虫』のファイナルコンサートを観に、菊川文化会館アエルにも伺いました。往年の寺内タケシとベンチャーズサウンズの名演奏を堪能させていただきました!(*´∀`)♪
夕方には、自宅近くの勝間田川の桜並木でやっていた橋向町内会の桜まつりに向かったのですが…飲食物が早々に売り切れになったこともあり、予想より早く終わっていました!(*・ω・)
桜の下で、今年もカラオケを熱唱したかったです!(;´Д⊂)
2026年4月4日 : 女王様は裸だ!

『第64回 自由民主党牧之原市相良支部支部大会』に地元県議としてご招待いただきました。来賓として、復興大臣の牧野京夫参議院議員と県連会長の井林辰憲代議士が、それぞれの立場と活動に沿った国政報告を行いました。
私はこの1カ月間、米国とイスラエルによる国連憲章も国際法も逸脱したイランへの攻撃に端を発した中東情勢の悪化やエネルギー価格の高騰に対する日本政府、高市政権のさまざまな対応に心の底から失望しています。
われわれ政治家は、市町の議会議員から自治体の首長、都道府県議会議員、そして国会議員に至るまで、それぞれの担当範囲の中で市民、国民、有権者の安心・安全で、幸せな生活のために、正しい施策を掲げ、全力でガムシャラに「働いて、働いて、働いて、働いて働くのだ!」という自負や矜持が必要です。
日本全国に約7700支部、静岡県に52支部も有するわが自民党が、真の国民政党&責任政党であるというのなら、われわれ地方の党員・議員は、今こそ一致団結し、勇気を出して、声高らかに「王様は裸だ!!」という叫ぶ時期だと思っています。
2026年4月3日 : 日本の宝「深谷油田」

牧之原市が世界に誇れるお宝が眠る〝秘境〟で、派手にヤラかしました!(^^ゞ
いつもお世話になっている某区の新区長のシゲキさんから突然、電話があったのです。「県議! 菅山の相良油田の投稿見たよ! でも、今は〝フカヤ油田〟の方がスゴいって知らんら? 観に行かん?」と言うので、一も二もなくお願いしたのです!(*'ω'*)
牧之原台地の最南端、片浜区と大江区の境に広がる茶畑の脇の雑木林を距離にして200m、高低差は50mほど下った谷底にある『深谷油田』にシゲキさんと地主のシゲルさんと3人で、伺ったのです。先日負傷した左足の痛みは、だいぶ和らいだとはいえ、なかなかの難行でした。(+o+)
何とか、現地に辿り着くと…周囲にはガソリン臭が漂い、流れる小川には油膜が浮かんでいるではありませんか!? 先日の油田の里公園から東に5kmほど離れたこの油田は明治5年(1872)3月、幕末の彰義隊の生き残りで、牧之原大茶園開拓のため移住してきた村上正局(まさちか)によって、日本の太平洋側で初めて発見された油田です!(*^^)v
谷間の沢や山肌から「臭気の激しい液体が湧き出る」という話を聞いた村上が採取したサンプルを静岡学問所のお傭い米国人教師だったW・クラークが「良質な石油」だと鑑定。「石油発見!」の大ニュースを新聞報道で知った実業家で〝日本の石油王〟と呼ばれた石坂周造が発見から2カ月後に村上に直談判。共同して石油採掘事業を始めたそうです。( ゚Д゚)
すぐに5カ所で井戸が掘られ、とても良質な石油が産出されたのですが…いかんせん産出量が少なすぎて、油井掘削事業は菅山地区に移ってしまったのだそうです。でもね。世界的に地中深くまで掘らなければ採取できない原油が、この油田では150年以上経った今でも、プクプクと自然に湧いて来るのですよ!!(^^)/」
以前から噂には聞いていましたが…立場上、私有地の奥深くまで踏み入る勇気はありませんでした。たとえ入ってもSNSでもブログでも発信できませんし…それが、ついに今回、地主さんと一緒に初めて現場に到達し、少年のように激しく興奮しました!!
うれしくて、面白くて、大慌てで、沼地の真ん中にある井戸の管に近づいたら…濡れた倒木の〝橋〟の上で滑って、ものの見事にコケてました! そうです。痛めた左足の踏ん張りが、まったく利かなかったのです!( ノД`)
昨日の大雨でぬかるんだ真っ黒な泥に腰から下がハマり、まるで戦火のペルシャ湾の水鳥のような風采と心境になりましたが…ワタシは、40年前のフジテレビ『ザ・ガマン米国縦断激闘編』の準優勝者! 渾身の作り笑いで、シゲキさんが爆笑しながらポケットから取り出したスマホに向き合いました!( ´艸`)
ライターで火を点けられたら、すぐに全身炎上しそうな強烈なガソリン臭のする防災服姿で、這うようにしてケモノ道を戻り、シゲキさんがブルーシートを敷いてくれた軽トラの助手席に座って、自宅まで送ってもらいました。何から何まで前代未聞の貴重な経験になりました。
こんな話を発信したら、行ってみたくなった方もいらっしゃるでしょう! しかし、油井までの道は険しく、整備もされていませんので、現状ではお勧めできません! 「それでも行きたい!」という方は、必ず長靴と着替えを御用意の上、自己責任で向かってください!!
現場の位置情報は…『深谷油田』と検索すれば出てきます!! そして、最後に地主さんからのお願いです! 事前に必ず、以下の番号のどちらかに電話して、許可を得てから探検を開始してください! よろしくお願いします。
・090-1625-8190(大石)
・090-3302-0802(植田)
2026年4月2日 : 日本沈没

晴れました!
我が家の庭の桜絵巻のトリを飾る3本のソメイヨシノの老木たちが、昨夜の大雨に耐えました!(^o^)/
もう年だから、見映えはよくないけど…満開です!(*´∀`)♪

いよいよ世界も日本も、今まで見たことも聞いたこともない状況になってまいりました。

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